小説を書くモチベーション

エッセイ

というタイトルをつけてみましたけど、そんなもん、人それぞれですよ。

と、終わってしまうのもアレなので、「書く気力がなくなった時にどうするか」を書いてみようと思ったのですが、残念なことに私は「書く気力を失ったことがない」のです。すごいでしょ? すごい?

書く気力を失うのが嫌ならば、書く動機を常に持ち続ければいいじゃない?(マリー

プレイ日記を書いていた日々

ラグナロクオンライン

私は書き始めたのが昭和62年です。令和元年の今日、32年目ですね。もちろん、その間「小説」を書けない時期もたくさんありました。MMO(ラグナロクオンライン)で廃人プレイしたり、結婚したり子育てしたり。でも、「小説」は書かなかったけど、なにかしら書いてたなって思います。アウトプットしないと死んじゃうタイプの人間なので。

MMO(ラグナロクオンライン)では日々プレイ日記をUPしていました。結構PVありましたし、界隈では話題にもなったんですよ~。あの頃の経験は今にも生きています。感じたことを文字にするっていう能力は、その頃に培われたかも。β2初日から始めてましたからね、ラグナロクオンライン。今は亡きTyrサーバで最初に発光した茶ノビは私ですよ(笑) 懐かしいな、「曙光(からの暁月)」。覚えてる人いたらコメントしてね(゜¬゜) そういえば、今のROって接続数やばいよね。この前久々にINして、接続数3桁とか、目を疑ったもん。私は4~5桁の時代の人なので。

マビノギ、グラナド・エスパダ→艦これ

他にも、「グラナド・エスパダ」ってゲームのプレイ日記を書いたりもしました。あれも結構ハマったな。課金はしなかったけど。「マビノギ」も嫁と二人で相当やりこんでいて、プレイ日記を書いたりしてました。あれ、小説書いてない時期はプレイ日記三昧じゃないか? ていうかオンラインゲームハマりすぎだ。マビノギはまた嫁とやりたいね。子育てしながら二人でぽちぽちやってたんよ。私のユニットには、かなりの廃人キャラがいたりもする。写真の子はツルハシ系美少女を自認するサブキャラの一人。鍛冶師なんです、こう見えても。魔法少女でありながら、武器は両手剣だったりします。無茶苦茶やな! ほかにもいろんな写真が過去のブログから発掘されてきていますが、それはまぁ、おいおい。希望があれば(笑)

最近はネトゲからはすっかり遠ざかってしまいましたが、「艦これ」なんかも相当お金を注ぎ込んだものです。運営応援費だと思っての、まぁ、お布施ですね。ここしばらくログインしてません。ログインするとやり込み過ぎちゃうので。でも、蒼龍改二が10人もいるんですよ、うちの鎮守府。別に蒼龍が最推しというわけじゃありません。江草隊のためです(鬼畜) 最近「艦これ」どうなってるんだろう。うずうずしちゃいますね。

そんな具合に文字から離れない生活

振り返れば、どんな忙しい時期でもなにかしら「文字」を書いていた、向き合っていた気がします。

書き続けた動機

動機とか目的とか訊かれると少し悩みますが、たぶんこういうことでしょう。

「自分の楽しい」を「他の人にも知って欲しい」

沼に引きずり込むって表現もありますが、それよりはもうちょっとソフトな感じで。「俺、こんなに楽しんでるんだぜ、いいだろ、うらやましいだろ、だったら一緒にやろうぜ!」ってのを常に発信していたんだと思います。うるさい野郎ですね、ほんと。でも、楽しいと思うことを独り占めにしたくなかった。自分だけで楽しんでいたくなかった。そういうのが根底にあるので、ついつい発信しちゃうんだと思いますし、発信しないでいられないんだと思います。

ただ、自分の楽しい=他人の楽しい、では(必ずしも)ないこともよくわかっていたので、他人の領域に踏み込んでお勧めするという事はしませんでした。あくまでブログやWebサイト(当時はプロバイダ提供のスペースでHPを作るのが一般的だった)で広報していただけでした。それにしていもがんばったものだなぁ。

この経験が今に生きる

だって楽しいじゃん? 小説書くのも読むのも楽しいじゃん?

楽しいなら「楽しかった」って言いたいし、同じものに「感動」して欲しいと思うのが心理じゃない? 一部そうじゃない人がいることも承知の上ですが、でも「共感」なんですよ。我々が欲しているのは。共感って英語でなんて言うか知ってます?

共感= Sympathy

共感=Sympathyですね。Sympathyっていうのは、実は二つの形態素で構成された英単語です。Sym- + pathyです。Symというのは本来Synですから(pの前ではn→mになる)、Syn + pathy。

Synというのは「シンセサイザー」「シンクロナイズ」「シンドローム」などの「シン」でして、これはつまり「一緒の」という意味です。pathyというのはたとえば「pathos(パトス)」なんて言葉から連想できるように、「感情」という意味です。つまり「Sympathy=一緒の感情になる=共感」てことなんですね。

だから、「楽しいもの」を共に「楽しい」と感じて欲しい——そういう願望が人間にはあるわけです。だから、プレイ日記とかそういうのを書き続けたわけですね。たとえば、子育てエッセイだって同じです。日々の悩みや楽しいことを「みんなに共感して欲しい」という願望が根底にあるから、需給のバランスがとれているわけです。

書く動機を喪失しないためには

つまりです、書き続けるためには。文字という形でのアウトプットにこだわりたいというのであれば。

常に「発信したくなる楽しいこと」を持ち続け、やり続けるのが良いと。そういう事です。発信前提の楽しいことじゃなくて(インスタグラムの悪口を言ってるわけじゃないよ)、楽しいから発信したいと思う事を見つけるのです。小説が書けないならゲームのプレイ日記でいいじゃない。子育てエッセイでいいじゃない。散歩の記録だっていい。仕事の愚痴を(クビにならない範囲で)吐き散らしたってよくない?

小説が書けない→もう書けない→俺は駄目な奴だ

……なんていう不毛なスパイラルにはまるくらいなら、ゲームでも何でもハマればいい。小説を書く以外にも楽しいことはたくさんある。文章修業は小説を書くことでしかできないわけじゃない。他方面から攻めれば武器も色々できてくる。

小説にこだわる必要はないのです。

大事なのは「共感して欲しいと思えるくらいに楽しいことを見つけ出し、浸ること」。その延長上に「楽しい自分の世界(=小説)」に共感してくれぇ! という思いが湧いてくるはずです。そうなってないってことは、まだ時期じゃないってことだとも言えます。なので、思う存分「自分にとっての楽しい」を探し、「楽しむ」ことが必要なんだと思います。

で。です。

今、一番楽しいことは、なんですか?

ついでに言うと、私は小説書きなので、たまにはこのページなんかも見てやってください

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