小説を書くという行為についてあれこれ思ってみたりした。初心者さんとかについてとかも。

エッセイ

小説の初心者――初めて書きます、なんか書きたいと思った……初々しいですね。年齢なんかどうでもいいですが、この「初心」というのは実に良いものです。

創作論はまぁほら、Twitter適当に眺めてれば勝手に流れてきて炎上してるので良いとしてですね。

あ、このサイトでもそれっぽいことは書いてますけど、あくまで一意見。迷ったら採用してみても良いかもね、くらいの話なので。そもそもが私は小説では成功(私の成功というのは「出版社にオーソライズされること」)できなかったので全て話半分でね。

ただ、私が誰にも負けないと言えるものはありまして。小説を書くという「創作活動」に於いてね。

それは「書き続けた」という実績です。もちろん、オーソライズもされてないんだから駄作しか作ってこなかったんだろとか、実際言われます。露骨に嫌がらせもされます。ですけど、駄作かどうかは読んだ人にしか判断できないし、させません。私自身が「駄作ではない」と言ったところで意味もないので、それは私の作品を読んでくれた貴重な方々にお任せしますよ。

さて、そんなわけで、私はひたすら書いて書いて書きまくってきたわけです。30年。何の報酬も得られず、何の名誉も得られず、どんどん周囲の人にはおいていかれて臍を噛み。屈辱だったと言ってもいいでしょう。捲土重来も果たせぬままに。

でもその泥水を啜るような日々の中でも、私は欠かさず書き続けたわけです。

そのモチベーションはどこから来ていたのかと。

書き続けてしまったのは、「思いついちゃった」からなんだと思います。「こういう世界を書きたい」「こんな設定だったら私なら何を書ける?」「こういうキャラクターとかその関係性とかいいよね、よし自前で供給だ!」……という具合に。思いついちゃったものを棄てておくのはもったいない。思いついたものをストックしておくのもなんか嫌。そんな私がたどり着いたのが「ちょっぱやで書く」ことでした。

そりゃもう猛烈なスピードで書くわけですよ。仕事してようがなんだろうがどうでもよくて、だいたい一ヶ月で長編2本書くくらいのペースを維持したわけです。まぁ、ボツったものもありますよ、正直。でも書いた分量という意味では一ヶ月20万文字くらい。それをずっと続けたわけです。どうしても書けなかった期間もありますけどね。病気したりで。うつ病になってからは記憶力ががっくりと低下してしまって(多分半分以下。発症から10年ですが、物事を長期間覚えていられないのです)、だからこそなおさら「一層速く!」書かなければならなくなった。とにかくとりつかれたように書いたわけですが、それもこれも「俺の思いついた設定は俺が形にしなければ死んでしまう!」というような焦りというかなんというか、そういう感覚。で、これがモチベーションになっていたわけです。「もったいない精神」かもしれない。

小説を書く上で、「テクニカル」なところはあると思います。が、ぶっちゃけある程度のスピードのタッチタイプや、スマホならフリック入力ができれば、あとは「何を思いつくか」だけだと思うんですよね。「小説を書く」だけなら。これが受賞したいとか何だりとかなってくると、クソみたいな打算と妥協をしなきゃならないのかもしれませんが、私には実績がないのでなんとも言えません(笑) が、ツイッターに生息している書籍化作家様の幾人かはそんなことを仰ってましたよ。書籍化作家様は偉いんですね、ええ。

まぁ、何にしても「物語」を作るなら「物語」を自分の中に描けなければ話になりません。誰かの真似でいいのなら、ほぼそのままコピペしてちょこっと改変して「オリジナルだ!」と言い張れば良いのかもしれませんが、「創作活動」はそうじゃないと思いますよ。あ、テンプレがダメって言ってるわけじゃないですよ。テンプレ使うなら「使いこなせよ」って思うだけで。私の作品だって、ぶっちゃけテンプレは部分的であるとはいえ利用しています。「腰痛剣士と肩凝り魔女」にしたって「なんちゃってヨーロッパ風」のテンプレを利用していますし、多くのSF作品は「シンギュラリティ」テンプレとも言うべきものを使ってます。そんな物があるかって言われると知りませんが、私はそう思ってます。

という具合に、使えるものは使って良いと思います。「100%俺」である必要はないと。読者の持つ知識、いわばリテラシーに甘えるのも必要だろうなって思いますよ。その一手段がテンプレであると。だから、そこをよく理解して使いこなしたらイイんじゃないかな。で、そのために何が必要かって言うと、「めっちゃ読むこと」です。書くことと読むことを交互にやれると良いと思うんですが、「読み方」にもテクニックがありますから、その「テクニック」を意識できるだけの余裕を持てるようにならないとだめかなーなんて。ただ文字を追うだけの読書は、作家的読書じゃないということだけ言っときます。それができるようになるためにはとにかく「意識して」文字を追う訓練をすること。たくさん「ちゃんと」小説を読むことだと。

また「読む」と言いましたが、ある程度の文章が書けるようになったら、「文章力」なんてぶっちゃけ簡単に成長すると思います。きれいな文章、気の利いた文章が書けるようになる――というだけならそんなに難しくありません。極端な話、日記でもいいので毎日文章書いて3年も発表し続けたらそこそこになります。もちろん「よい文章(ちょっと漠然としてますが)」であるほうが読者は嬉しいでしょう。けど、読者が求めるのは「ある程度読める文章と、超絶面白いストーリー」なんですね。もちろん「超絶面白いストーリー」があるのなら、「非の打ち所のない文章」であるほうがいいですが。つまり、求めるのは「超絶面白いストーリー」だと思うんです。少なくとも私はそうです。

私の小説が「超絶面白い」かどうかは知らないですが(そのつもりで書いてはきたけど)、とにかく「面白いと思える作品」に触れなければ、「面白いと思ってもらえる作品」は作れないんじゃないかというのが私の意見。それは小説に限りません。映画でも漫画でもゲームでも良い。とにかく心が動かされたという体験をすることです。それがない限り、自分が生み出すものが他人の心を揺らすことはないと思う。圧倒的多数の凡人である限り。天才は知らん。

そして書いている最中に「自分の作品が面白くないんじゃないか」なんて思った経験は、何作品か書いたことがある人ならほぼほぼほぼほぼあると思います。私は毎回でした。「面白くないかもしれない」「面白いと思ってるのは私(作者)だけじゃないか」みたいな不安に駆られたものです。でもこれは何ていうか作品の持つ「影」のようなものだと今は思います。自分が書きたいのは眩しい部分。だけどふとした拍子にその影に目がいってしまって不安になる……みたいな。初心者さんは特に「書いた経験も少ないし、本当につまらないのかもしれない」という思いが恐怖のようなものに変わるかもしれません。が、安心してほしい。10人小説で頑張ってる人がいたら、9人はそう思っている。

初心者さんはここで「あーでもないこーでもないどーしよう!?」って惑っちゃうと思います。原稿行ったり来たり書いたり消したりで泥沼状態に陥るかもしれない。で、書き続けるモチベーションも下がるかもしれない。

しかし、そこで中級者(というのか?)以上の人たちを見てみると、ツイッターとかで「面白くない気がしてきた!」とか雄叫びを上げつつもなんだかんだ書いてるんですよね。ここで前に進み続けられるか否かというのが「脱・初心者」の分水嶺だと思います。

というわけですので、こういう「自分の作品への疑問」が出てきた時にはとりあえず進めてみてから考える、くらいでいいんじゃないかと思いますよ。どうしても「だめ!」な状態ならどうやっても前に進めなくなりますから――コレは純粋に私の経験談。そうなった時にはじめて、「どうしようかのぅ」と前に戻ったり、「この状態を打開するためには」で名人長考に入りました状態になったり。それでいいと思います。あるいは「期間を決めて放置する」というのも有効です。焦らずにね。

初心者であることはすなわち不利、ではないです(不利ってなんやねんとい定義も不明ですが)。「小説を書くという創造活動」に於いては。

出版できるとかそういう話になるとわかりませんが、でも世の中「処女作でデビュー」なんていうコンチクショウもいるのは事実なので、初心者かどうかはやっぱりあんまり関係ないかなと。ただ、初心者とそうじゃない人は「折れやすさ」が全然違います。「打たれ強さ」とも言うかな。でも逆に言えばそれだけかもしれない。往なし方、躱し方、あるいは防御力が高いのが、脱・初心者軍団の皆さんの状態だと思うんですよね。そういう意味では最大HPの違いとも言えるか。

なので、初心者さんが初心者であると自覚している内は、同時に「自分は打たれ弱いんだ」という認識を持って防御行動をとるようにするのがいいかな。小説サイトに載せてると良くも悪くも反響があったり、あるいは全く無かったりするわけです。HPが減る要因てんこ盛りですから、なんとか誤魔化していかなきゃならない。というより、何が起きても何も起きなくてもHPが減るんです、WEB小説家の多くは。ツイッター見てるといつも思います。

そもそも「小説を書く」ってものすごくカロリー使いますから、「いやなこと」があったりするとすぐモチベーションがなくなっちゃうんですね。それは執筆経験が浅ければ浅いほどそうなると思います。もちろん個々人において精神的に強い弱いはあると思いますが、どんなに強くたって、たとえば誹謗中傷や望まぬアドバイスを受けたら「げんなり」するでしょう。そういうのが積もり積もって「小説やめた」とか「もう書けない」になっちゃう。でも、「自分は今打たれ弱い状態なんだ」ってわかっていたら、ある程度ダメージの軽減もできるし「見ない」「考えない」という選択も出てくるのです。

初心者さんがどんどん入ってきて、どんどん書いて、熟練度を上げて。そしてまた初心者さんが……という良い循環が起きなければ、あっという間に衰退するのが文化です。初心者さんは貴重なんですよ。だから、これから小説を書こうと思っている人や、書いてるけど……っていう人には頑張って欲しいわけです。引退した立場で言うのもどうかと思いますけどね、でも本音。小説が嫌いになったわけじゃありませんからね、私。

自分の中から出た物語を自分の手で形にする。パクったとかそういう後ろめたいものがあるなら別ですが、そうではないのなら胸を張って形にしていってみてはいかがですかと。その物語は、世界は、人は、あなたにしか書けないのですよと。これはとても尊いことだと私は思う。だから「折れずに」そして「折られずに」頑張ってほしいなと思うわけです。

他人を楽しませるための作品――とかもどうだっていい。まずは自分を楽しませるべしですよ。そうすれば自ずと作品は完成に近付くはず!

そしてある程度の経験者。初心者さんに余計なことを言うな。迷わせてどうする。

という感じで〆。

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