自作品が面白くないんじゃないか症候群

エッセイ

創作家の誰もが罹患する病気

今書いてるこの作品、面白いの? 症候群

突如発症するこのシンドローム、「自分の作品が面白いかどうかわからなくなってしまう」症状。なんか書き続けているけど、面白いかどうかわからない。誰かに「面白い」と言われても、いまいちそうと信じられない猜疑的な気持ちが表れる。そもそも「何が(自分にとって)面白いのかわからなくなる」「自分には面白いけど、他人から見たらどうなんだろう、超不安」そんな症状。

覚えありますよね?

私もしょっちゅうですし、書き終わってしばらくしても「何が面白いのかわからない」と頭を抱えることもしばしば。書いてる途中なんてもう当たり前のように「ここ、冗長すぎやしないか」「ここ読む人いるのか?」「ダルくね?」などといつも頭を掻きむしっています。いや、ほんと。

でもね、考えても仕方ないと思うんですよ。自分が面白いと思う方向を定めて、そっちに突っ走る以外は。ここがミソで「自分にとって面白いって何?」という疑問を常に持って、それを明確にしておくこと。作品の面白さじゃなくて、「自分が読者だったら、この作品に何を期待するだろうか」という分析的観念ですね。それをもっておくこと。そこが自分にとって明確でなければ、修正すればするほどドツボにはまります

その作品の魅力を3行で語れ

その分析的観念を確立した上でですね、すべては。ただ、その「分析」が完璧である必要はこれっぽっちもなくて、ただ「言語化」できればいい。「この作品における面白さは〇〇である」と言えさえすれば、おのずと修正やら何やらもその方向へ向かうはず。ただ、漠然と(言語化せずに)面白さの存在だけを肯定していても、それはいわば自己満足。「作品の魅力を3行で語れ」と言われて即座に語れない作品は、つまり、その作品に於いて、作者の「面白さ」の軸がぶれているということです。

面白いかどうかわからなくなった症候群」にかかったと思ったら。まずはその作品の魅力を3行で語ってみましょう。3項目箇条書きでもいいです。多くても少なくてもダメ。3行です。面白さと称してダラダラ書けるのは、まして面白さ?というのがブレている証拠です。そして、3つも書けないというのなら、それは作品の掘り下げ不足です。そもそも本当に面白くないのかもしれません。作者自らをして3つパッと浮かばないというのなら。

本当に魅力がない気がしてきた

3つとか3行とか無理なんですけど。そういう方はチャンス。足りない分を純粋に足せば良いんです。足すだけです。例えばアクションを入れてみるとか、SF要素をぶち込んでみるとか、主人公たちにトラウマを植え付けるとか、あるいは逆に何かスカッとするようなカタルシス的なものを付け加えるとか。足すのは簡単です。

問題は軸がぶれてる時。つまり、たくさん魅力があるように見えてしまっている時。そんなに欲張っちゃいけません。その魅力で挙げたポイント、いったん全部「付箋」に書き出してみてください。そしたら次に、仲間同士を近づけて配置する。そして一つの大きな「面白さ」にする。その追及(追求)を繰り返して、三つの面白さに絞ってみてください。「どこのグループにも属さない面白さ」は思い切ってオミットしましょう。削除です。切り捨てです。それで小説の流れはかなりスッキリするはずです。整理された流れというのは、読者に安心感を与えます。テンプレに忠実な作品がウケている現実を見れば、作者がどういおうと、読者が何を求めてるかは明白ですよね。そして「三つに絞られた面白さ」をブーストするんです。少々大袈裟に。

そんなわけですから、作中に於けるテンプレ破り、堤防決壊、どんでん返しは、一度で良いんです。

読者はエンドレス・ケーキバイキングの真っ最中

あれもこれもと詰め込みたくなる気持ちはよーくわかります。面白い要素は詰め込みまくりたいですよね。だって読者を楽しませたいんですから。でもね、考えてみてください。読者は常にケーキバイキングの渦中にあるんです。どこを向いてもおいしそうなケーキ(小説作品)に溢れている。択ばれるところからして大変な状況なんです。その中で、読者はパフェを求めてはいません。だって、ほかのケーキが食べられなくなるから。

であるのなら、「私はこんなにおいしいんですよ、チョコが最高級品ですからね」とか「私はフランスで20年修行してきて店も持ってるパティシエによって作られたんですよ」とか「うちのマカロンを知らない? モグリだね!」とか、とにかく「〇〇が××だ」という文脈で紹介できなければ、誰も見向きもしてくれないってことです。パフェ好きにしか振り向かれたくないというのなら話は別ですが。

逆にですよ「うちの〇〇は××だからぜひ手に取って」と言える作品は強い。宣伝文句とかじゃなくて、タイトルやキャッチでそれが出来てる作品はなお強い。長文タイトルってのもそういう生き残り戦略から編み出された技ですよね。ブランド力で売る力がないのなら「見てくれ(外見)」で勝負をかけるしかない。手に取ってもらえなければそもそもお話になりませんからね。

面白いかどうかわからなくなったらチェック

つまり、面白いかどうかってのは「3行でアピールできるか」ってことなんですよ。やってみましょう、3行で。3行っていうと抽象的なんですが、要はね、Twitterでアピれるかってことです。そんなSNSは邪道だから使いたくないぜ、とか、宣伝は気が引ける、とか言う方は、そのメンタリティと「読まれたい気持ち」をしっかり見つめなおしたら良いと思います。何が何でも読まれたいというのなら、とにかく動き続けるしかない。それが成功しようが失敗しようがどうでもよくて、とにかく「名前を売る」ことが必要なんです。飛び込み営業のようなものです。

飛び込み営業をするといったって、徒手空拳無為無策で突っ込むわけじゃないですよね。資料作って、3分・5分で商品やサービスの魅力を伝えられるように練りまくりますよね。私もコールセンター勤めが長かったので、その辺は良く承知しています。3分話を聞いてもらえれば御の字。そこから先に興味を持ってもらえるかどうかっていうのがテクニックーーつまり作品そのものの魅力であり、作品をアピールする力です。それがオンライン上では140文字未満でサクッと魅力が伝えられるかどうかっていう話なんです。

自作品が面白いかどうかわからなくなったら——とにかく1つのツイートでできる範囲で作品の魅力が語れるかをチェックしてみてください。というか、語られるようにしてください。これができるようになったら、この症候群シンドロームは快方に向かいます。

まとめ

  • 物語を書き始めたら、とにかく軸をぶらさないこと。
  • 書き始める前に軸をしっかりつくること。
  • 書き始めてしまってから軸がぶれ始めたと思ったら、その軸が一体どうあるべきなのかを明確に言語化すること。

これで書いてる最中に「面白いかどうかわからないー!」という厄介な精神状態に陥らずに済みますし、陥ってもきっちり軌道修正ができるようになります。私も行き詰まったらこれをやって整理するようにしています。完結後の修正も同様です。「セイレネス」から「セイレネス・ロンド」にする際も、どこをブーストして、どこをオミットするか。そこをひたすら重視して作業しました。

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