原爆の日に合わせて。

エッセイ

小説(短編)を一つ。3000文字弱の作品です。

光の瀑布(一式鍵) - カクヨム
あの夏の日、彼は確かに帰ってきた。

1945年8月5日というのは一つの運命の分かれ道。広島にいたか、いないか。向かったか、向かっていなかったか。8月6日にはB-29「エノラ・ゲイ」から、あの「リトルボーイ」が落ちてきます。地上600メートルで炸裂したその3000度を超える熱線を受けた人たちは、文字通り酷たらしい死を否応なしに押し付けられました。生き延びた人も地獄の苦しみを味わいます。即死のほうがいかほどか楽だった人も少なくないに違いないのです。

是非もない。3月10日には東京大空襲で十万。そして広島。そして長崎。米国は民間人を民間人と知っていて虐殺したのです。それは是非もない。事実です。誰がやったから、誰が始めたから、誰が誰が……そんなことはどうでも良いのです。広島に原子爆弾が落ちた事実。何万人も死んだ事実。地獄の苦しみを味わった人がいるという事実。それだけでその行為は悪だと断じるべきです。結果戦争が早く終わったとかそういう論調もあるにはありますし、それについて議論するつもりはありません。歴史にifはないのです。ただ、事実を積み上げるのみですし、原子爆弾は原子爆弾。因果律、戦争の原因、そんなものはどうでも良いのです。今、とりわけ今日語るべきことは、1945年8月6日に、広島に原子爆弾が落ちたという事実のみです。その結果、「人間が何万人も焼き殺された」という事実のみです。

戦争や軍事については色々と思うところはありますが、今日のところは右も左も本来ないはずです。犠牲者を追悼するのみです。戦争の愚かさや怖さというものについては、拙作「セイレネス・ロンド」にてきっちり掘り下げて書いているつもりですし、これから始まるマリオン編でも可能な限り掘り下げていこうと考えている次第です。クリエイターはこういうテーマから逃げてはいけない。あえて触れないという選択肢は尊重しますけども、日和ってはいけないと思う。私は戦争で戦争を語る事を選んでしまったわけですから、多分ずっとそうでしょう。

ともかくも、1945年8月は、広島、長崎、そして終戦と、忘れてはならない出来事の起きた日。戦争から目をそむけるのではなく、その時何が起きていたのか。そこにいた人はどう思っていたのか。大切な人を失った人の悲しみは、送り出す辛さは。そういったことに思いを馳せること。記録を見ること。そしてなにより想像することを、私たちは忘れてはいけないと思います。想像するんです。当時の人々だって、誰かを大切に思い、誰かを愛し、愛されていた、私たちと変わらない人々です。何も違わない。特攻に行った十代の青年たち、その親御さん、その気持ちをしっかり受け止め、考え、そして想像して我が事のように想って冥福を祈る。

クリエイターであるのなら、右だろうが左だろうが真ん中だろうが、作品で勝負したいものだと思います。

繰り返しますが、民間人を大勢巻き込むことを承知で投下された原子爆弾。その罪咎は決して許されることではないのです。まぎれもない大悪です。私は一人の人間として、そんなものに巻き込まれた多くの人々の冥福を祈らずにはいられません。我が事のように想う――方法は色々あれど誰にでもできるはずです。先人の与えてくれた経験と痛み、無駄にしないように生きていかねばならないと思うのでした。

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